/ ラノベ / 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える / 19話 フィオナからの手紙と、動く影

공유

19話 フィオナからの手紙と、動く影

last update 게시일: 2026-08-15 18:00:52

 フィオナからの最初の手紙が届いたのは、三人の現場責任者を決めてから五日後のことだった。

 朝の市場から戻ったマリオが、馬革の封筒を持って駆け込んできた。

「王都から来てる。フィオナさんからだ」

 エリナは薬草の仕分け作業をしていた手を止め、封筒を受け取った。

 封蝋には、小さなクロスベルの家紋の代わりに、フィオナが即興で作ったらしい印——葉っぱの形をした押し型——が押してあった。

 開けると、二枚の紙が出てきた。

 一枚目は、ルシェムへの報告。簡潔な文体で、王都の空気の変化が箇条書きにまとめられていた。

 二枚目は、全然違う文体だった。

 エリナへ

 王都は、思っていたより動きが早い。

 あなたが国王陛下に謁見した話は、翌日には宮廷の半分に広まっていた。反応は大きく二つ。「面白い」か「危険だ」か。中間がほとんどいない。

 クロヴェル派の動きを追っている。具体的な妨害はまだ出ていないが、水面下で根回しをしている気配がある。特に、商人ギルドの幹部数名と、魔法省の中堅どころが接触を繰り返しているのが気になる。

 一方で、実務派の魔法師たちの間では「アッシュフォード商会の成果を無視するのは損だ」という声が少しずつ出始めている。レインの師匠が動いてくれているらしい。

 あと、ダリウスが最近、宮廷でやや孤立しているという噂がある。父親との間で何かあったのかもしれない。確認中。

 それと——あなたが「事務室が少し広く感じる」と書いてくれたの、正直言うと少し嬉しかった。毒舌参謀として言わせてもらうと、あなたはもう少し素直に寂しいと言える人間になった方がいいと思う。次の手紙には、数字だけじゃなくて、もっと変なことを書いてちょうだい。

                                  ――フィオナ・クロスベル――

 追伸:レインへの手紙に『今日も雨が降った』と書いたでしょう。彼、それについて何か言ってた?

 エリナは手紙を読み終えて、少しだけ止まった。

 追伸の一行を、二度読んだ。

 ……なぜフィオナがそれを知っているのか。

 答えはすぐに出た。フィオナは王都にいて、レインも学院の用件で王都に出入りしている。どこかで顔を合わせたのだろう。そしてフィオナは、そういう情報を逃さない人間だ。

 エリナは手紙をたたんで、机の引き出しにしまった。

「何が書いてあったんだ?」

 マリオが横から覗こうとした。

「報告書」

「全部?」

「全部」

「なんか顔が赤いぞ」

「作業場が暑いから」

「今朝はそんなに暑くないだろ」

「うるさい。ゴードンさんを呼んできて。報告書の内容を共有する」

 マリオが何か言いたそうな顔をしながら、外へ出た。

 エリナは引き出しをもう一度開けて、手紙の一枚目だけを取り出した。

 フィオナの報告をゴードンと整理する。それが今、自分のやることだ。

 全員が集まったのは、昼前のことだった。

 事務室に、エリナ、ゴードン、マリオ、ルナの四人。

 エリナはフィオナの報告を読み上げ、要点を板に書き出した。

 クロヴェル派の動き——商人ギルド幹部と魔法省中堅の接触。

 実務派魔法師の声——『成果を無視するのは損』。

 ダリウスの孤立——父親との関係に何か変化の可能性。

「クロヴェルが商人ギルドを動かすとしたら、次は何を仕掛けてくる?」

 エリナが問うと、ゴードンが静かに答えた。

「一番可能性が高いのは、流通への介入です。私たちの商品が各町へ届く流通経路に、何らかの条件をつけてくる」

「具体的には?」

「例えば、街道の通行証の取得を複雑にする。あるいは、輸送を担う馬車業者に圧力をかけて、私たちの荷物の優先度を下げる」

「今の流通は、ハンスさんの繋がりで動いている」マリオが言った。「もし業者に圧力がかかったら、ハンスさんのところにも来るかもしれない」

「ハンスさんには、今のうちに話しておく必要がある」エリナが頷いた。「最悪の場合に備えて、別の輸送ルートの候補も考えておく」

「キーシュのジルカさんが、宿屋の繋がりで馬車業者を知っているかもしれません」ゴードンが言った。「宿場町ですから、輸送の人間は多いはずです」

「すぐに確認する。ジルカに手紙を書く」

 エリナは板に追記した。

 次に、ダリウスの話だ。

「ダリウスが父親と距離を置き始めているとしたら、それはチャンスでもある。ただし、焦って接触すると逆効果になる。フィオナにはもう少し様子を見てもらう」

「ダリウスって、前に来た時のあの人?」

 マリオが眉をひそめた。

「あいつ、信用できるのか?」

「今は、まだわからない」

 エリナが正直に答えた。

「でも、フィオナが『父親との間で何かあった』と言っているなら、彼の中で何かが動いている可能性はある。見捨てるより、注意して見続ける方が得策」

「様子を見る、ってことは、しばらく待つってことか」

「そう。急がない。ただし、目を離さない」

 マリオが難しそうな顔をした。

 ルナが、静かに口を開いた。

「……ダリウスって、怖い人?」

 珍しい質問だった。ルナが人の評価を口にするのはあまりない。

「怖い、というより……」

 エリナは少し考えた。

「複雑な人」

「複雑?」

「自分でも、どう動くべきかわかっていないんだと思う」

 ルナがゆっくりと頷いた。

 猫が一匹、ルナの膝から床に降りて、エリナの足元にすり寄った。

 その日の夜、エリナはフィオナへの返信と、ジルカへの手紙を書いた。

 フィオナへの手紙は、報告への返答を書いた後、最後にこう添えた。

『ダリウスの件、急がずに続けてほしい。クロヴェル派と商人ギルドの接触については、できれば接触の頻度と、どの案件で集まっているかを掴んでほしい。あと——追伸の質問には答えない。』

 書いてから、少し考えて、もう一行足した。

『でも、「雨が降った」と書いたのは、特に深い意味はない。ただ、事実だったから書いた。それだけのことだ。』

 「それだけのことだ」と書く回数が、最近少し増えている気がした。

 エリナはその一行を少しだけ見つめてから、封をした。

 翌朝、作業場でゴードンと在庫の確認をしていると、マリオが外から駆け込んできた。

 その顔が、いつもと違う。

「どうした」

「グレンさんが来てる。急いで話があるって」

 グレンは、長屋の前で待っていた。大柄な体が、今日は少し縮んで見えた。表情が硬い。

「どうしたんですか」

「昨日の夕方、王都から来た男が、俺に話しかけてきた。商人風の男だ。うちの仕事のことをいろいろ聞いてきた」

「どんなことを?」

「お前の商会と、どういう繋がりがあるか。どんな商品を扱っているか。誰から荷物を受け取っているか」

 グレンが顔をしかめた。

 「あの手この手で、うまく聞き出そうとしてきた。俺は適当にはぐらかしたが」

「その男の服装や馬車、覚えていますか?」

「上等な革靴だった。馬車は見なかったが、連れが一人いた。書記官みたいな男だ」

 エリナは、頭の中で素早く情報を整理した。

 書記官を連れた調査。商人風の男。上等な革靴。

 クロヴェル側の動きが、ルシェムに直接及び始めた。

「グレンさん、これから似たような人間が来たら、教えてください。話す必要はありません。ただ、いつ、どんな人間が来たかだけでいい」

「わかった。お前のところが潰されるのは、俺も困る。石鹸がなくなったら、手の傷がまた膿むからな」

 不器用な言い方だった。

 でも、その不器用さが、この男の誠実さだとエリナは知っている。

「ありがとうございます」

「礼はいい。ただ——」

 グレンが少し声を落とした。

「気をつけろ。あの手の調査は、だいたい次の手の前触れだ」

 グレンが帰った後、エリナは事務室に戻り、板に一つ追記した。

 ルシェムへの直接調査——始まった

 文字を書きながら、エリナは静かに考えていた。

 クロヴェルが動いた。

 まだ「調査」の段階だ。本格的な妨害ではない。でも、フィオナが言っていた「水面下の根回し」と、今日のグレンへの接触は、同じ流れの中にある。

 向こうは今、エリナたちの全体像を把握しようとしている。

 それが終われば、次の手が来る。

 いつ、どこから来るかはわからない。

 でも、来ることは確実だ。

「マリオ」

「なに」

「ハンスさんに、今日中に話しに行ける?」

「行ける」

「輸送ルートの話と、もし調査の人間が来ても、商会については話さなくていいということ、伝えてほしい」

「わかった」

 マリオが立ち上がった。

「他には?」

「ルナに、薬草の在庫を一週間分多めに確保してほしいと伝えて。万が一、流通が止まった時の備え」

「わかった」

「ゴードンさんには、ジルカへの手紙の写しを見せて、輸送ルートの代替案を一緒に考えてほしい」

「まとめて動くな」

 ゴードンが静かに言った。

「いい判断です」

「動ける間に、動く。止まってからでは遅い」

 夜、エリナは一人で机に向かった。

 頭の中の地図が、少しずつ書き換えられていく。

 ルシェム、ベルナ、ヴァロウ、トレネ、キーシュ。王都。学院。王宮。そしてクロヴェル。

 一年前には、台所の石鹸一個から始まった。

 今は、その石鹸をめぐって、王国の権力構造が少しずつ動いている。

 怖い。

 その気持ちは、正直に認める。

 でも——

 怖いということは、こちらの動きが、向こうにとって無視できないものになっているということだ。

 恐れられていない間は、まだ本当に戦っていない。

 エリナは、レインへの手紙を取り出した。

 先日書いたものの続きを書き足す。

『ルシェムへの調査が来た。クロヴェルの動きが、現場レベルまで下りてきた。学院側で、何か変化はある? 来月、一度ルシェムに来られるなら、直接話したい。報告書よりも、話した方が早いことがある。』

 書いてから、一呼吸置いた。

 「来られるなら来てほしい」と書くのは、これが初めてだ。

 いつもはレインの方から「また来る」と言っていた。

 自分から誘うのは、何か違うのだろうか。

 少し考えて——消さなかった。

 来てほしいのは本当のことで、理由も正当だ。それで十分だ。

 封をして、二通の手紙を並べた。

 フィオナへ。レインへ。

 王都の二人が、今夜も動いている。

 ルシェムでは、グレンが目を光らせている。マリオが動いている。ルナが薬草を数えている。ゴードンが帳簿を組み直している。

 みんなが、それぞれの場所で、それぞれにできることをしている。

 エリナ・アッシュフォード、七歳。

 クロヴェルの影が、ルシェムにまで伸びてきた。

 でも——

 影が伸びるのは、光があるからだ。

 ランプの火を見て、そう思った。

 消すのはまだ早い。

 やることは、まだいくつもある。

이 작품을 무료로 읽으실 수 있습니다
QR 코드를 스캔하여 앱을 다운로드하세요

최신 챕터

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   20話 レインが来た日、石鹸が燃えた

     レインからの返事は、手紙ではなく本人が持ってきた。 手紙を出してから十日後の朝、エリナが作業場で石鹸の型を確認していると、マリオが戸口から顔を出した。 「来てるぞ」「誰が?」「誰がって、一人しかいないだろそういう顔の時」「どういう顔」「なんか、急に背筋が伸びる顔」  エリナは手を止めた。 「何を言っているの」「俺もよくわからん」  マリオがにやにやしながら引っ込んだ。 エリナは道具を置いて、石灰の粉を手ぬぐいで拭いながら外に出た。 長屋の前に、レインが立っていた。 旅装束。革鞄。よく見ると、鞄が前より少し大きくなっている。中身が増えたのだろう。顔は変わらない。無表情で、でもどこか目だけが少し鋭い。 「来た」「来た」  お互いに同じ言葉を言った。 少し間があって、エリナが続けた。 「手紙じゃなくて、本人が来たの」「その方が早い、と判断した」「学院の用件も兼ねて?」「そうだ。ルシェム周辺の衛生改善の実地調査、という名目で外出許可が下りた」「名目、と言った」「名目だけが理由ではないからだ」  エリナは少しだけ、顔の筋肉が緩むのを感じた。 表情には出さなかった。出すつもりもなかった。 でも、来てくれたのは、素直に良かった。 午前中は、エリナがレインを作業場に案内した。 改造を終えたばかりの三部屋を、順番に見せた。石鹸の生産部屋、薬草の処理部屋、消毒液の蒸留部屋。ルナが蒸留の作業をしていて、レインが近づくと猫が一匹足元に寄ってきた。 「動物に好かれるのか」レインがルナに言った。「……なつかれやすい」ルナが短く答えた。 「魔法の影響か?」「わからない。でも、昔から」  レインが、棚に並んだ薬草の瓶をひとつ手に取った。ラベ

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   19話 フィオナからの手紙と、動く影

     フィオナからの最初の手紙が届いたのは、三人の現場責任者を決めてから五日後のことだった。 朝の市場から戻ったマリオが、馬革の封筒を持って駆け込んできた。 「王都から来てる。フィオナさんからだ」  エリナは薬草の仕分け作業をしていた手を止め、封筒を受け取った。 封蝋には、小さなクロスベルの家紋の代わりに、フィオナが即興で作ったらしい印——葉っぱの形をした押し型——が押してあった。 開けると、二枚の紙が出てきた。  一枚目は、ルシェムへの報告。簡潔な文体で、王都の空気の変化が箇条書きにまとめられていた。 二枚目は、全然違う文体だった。 エリナへ  王都は、思っていたより動きが早い。 あなたが国王陛下に謁見した話は、翌日には宮廷の半分に広まっていた。反応は大きく二つ。「面白い」か「危険だ」か。中間がほとんどいない。 クロヴェル派の動きを追っている。具体的な妨害はまだ出ていないが、水面下で根回しをしている気配がある。特に、商人ギルドの幹部数名と、魔法省の中堅どころが接触を繰り返しているのが気になる。 一方で、実務派の魔法師たちの間では「アッシュフォード商会の成果を無視するのは損だ」という声が少しずつ出始めている。レインの師匠が動いてくれているらしい。 あと、ダリウスが最近、宮廷でやや孤立しているという噂がある。父親との間で何かあったのかもしれない。確認中。 それと——あなたが「事務室が少し広く感じる」と書いてくれたの、正直言うと少し嬉しかった。毒舌参謀として言わせてもらうと、あなたはもう少し素直に寂しいと言える人間になった方がいいと思う。次の手紙には、数字だけじゃなくて、もっと変なことを書いてちょうだい。                                  ――フィオナ・クロスベル――  追伸:レインへの手紙に『今日も雨が降った』と書いたでしょう。彼、それについて何か言ってた?  エリナは手紙を読み終えて

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   18話 三つの町、三人の顔

     王都から戻って一週間が経った。 ルシェムの作業場の改造は、ハンスとマリオを中心に順調に進んでいた。長屋の隣の空き家は、思っていたより造りがしっかりしていて、改造に必要な手間も予算も予定より少なくて済んだ。 石鹸の生産ラインを置く部屋、薬草の乾燥と仕分けをする部屋、そして消毒液の蒸留器を据え付ける部屋。三つの作業区画を、薄い板で仕切る形にした。換気のために高い位置に小窓を増設し、水回りも改修した。 完成までにあと十日ほど。  その十日の間に、エリナはもう一つ大事なことを進めなければならなかった。 現場責任者の候補を、決める。「候補は、こんな感じだ」 マリオが長屋の事務室で、紙を一枚広げた。 炭で大きく書かれた名前が、三つ。 マグダ・トーラン(ヴァロウ町) ジルカ・ベッセル(キーシュ町) オーリック・モア(トレネ町)「全員、ルシェムで石鹸を使ってくれてる人と繋がりがあって、向こうの町でもそれなりに顔が広い。字も読めるし、計算もまあ何とかなる」「人柄は?」「マグダは肝っ玉母ちゃん。子持ちで、ヴァロウの女衆の中心にいる」 マリオが指で名前を叩く。「ジルカは、男だけど物腰が柔らかい。キーシュの宿屋の次男で、家業と別に何かやりたがってる」「もう一人は?」「オーリックは、トレネで小さい雑貨屋を一人でやってる老人だ。年は六十過ぎ。ちょっと頑固」 エリナは三つの名前を、じっと見た。「三人とも、人物像が違うね」「だろ。お前が言ってた『町の事情によって合う合わないがある』ってやつだろ? だから幅を持たせて候補を出した」「いい判断」「俺の判断っていうか、ゴードンさんに意見もらった」「ちゃんと相談したのが、いい判断」「言い方」 マリオが頬を膨らませて、エリナは小さく笑った。「順番は?」「近い順だと、ヴァロウ、トレネ、キーシュ。馬車で順に回れば、三日でひと回りできる」「じゃあ、明日出発

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   17話 ルシェム帰還、そして広がる輪

     ルシェムへ戻る道は、来た時とは少し違って見えた。 同じ街道、同じ宿場町、同じ景色。 なのに、馬車の窓から見える木々の色も、すれ違う旅人の顔も、どこか違って感じる。 変わったのは景色じゃなくて、自分の方なんだろうな。 エリナは、膝の上で軽く手を組みながら、そう思った。 王宮で何を語ったか。国王とどんな約束をしたか。フィオナを王都に残してきたこと。レインと交わした、ささやかな約束。 その一つ一つが、自分の中の重心を少しずつ動かしている気がした。「眠くないか?」 馬車の中で、向かいに座るゴードンが声をかけた。 今、馬車にいるのはエリナとゴードンの二人だ。レインは王都の郊外で別れ、学院へ戻った。フィオナは王都に残っている。「眠くはない」「考えごとですか」「整理してる」「無理はなさらず」 ゴードンは短く言って、また黙った。 この男の沈黙は心地よい。必要な言葉だけを置いて、あとはそっとしておいてくれる。 エリナは膝の上の革鞄を軽く撫でた。 中には、王宮からの正式な書状の写しと、フィオナとレインに書いた最初の手紙の下書きが入っている。  ルシェムに着いたら、すぐに動かないと。 頭の中で、もう次の段取りが回り始めていた。 ルシェムの町が見えてきたのは、二日目の夕方だった。 石壁とも呼べないような低い土塀。古びた門。市場の端に立つ木製の看板。王都の壮大な城壁を見た直後だと、すべてが妙に小さく、けれど不思議と懐かしく感じられる。 ハンスの息子のマリオが、町の入り口で待っていた。 馬車を見つけた瞬間、彼は手を大きく振った。「エリナーっ! ゴードンさんっ!」 声が、思いきり大きかった。 馬車が止まるのを待たず、マリオは横を走ってついてきた。「ただいま」 エリナが窓から声をかけると、マリオがニッと笑った。「おかえり。なんかすごいことになったって、本当か?」「誰から聞いたの」

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   16話 一年の約束と、動き始めた盤面

     王宮からの帰り道、足が地に着いていないような感覚が、しばらく続いた。 国王との謁見。父の名が再び玉座の前で語られたこと。一年という期限付きの「任」。魔法省、クロヴェル、学院、王宮——それらが一気に現実の輪郭を持った。 エリナは、王都の石畳を踏みしめながら、自分の足音だけを数えていた。 一、二、三、四——。 数えることで、頭の中のざわめきを整理しようとしていた。 王都での滞在は三日だけ、と決まっていた。 一日は謁見。残り二日は、情報収集と今後の段取りに使う。 王宮を出た一行は、まず王都中心部の小さな宿に入った。アルバの配慮で、比較的静かな場所が選ばれている。広くはないが、四人で一部屋を使える程度の余裕はあった。「まずは整理ね」 宿の一室に入るなり、フィオナがテーブルに紙と炭を広げた。「一年でやることを、全部出す。優先順位をつけて、誰が何をやるか決める」「了解」 エリナも椅子に座り、紙の前に身を乗り出した。 レインは壁際に立って腕を組み、ゴードンは窓のそばで外を眺めながら耳を傾ける。「一年の任務、ざっくり言うと三つ」 フィオナが指を立てる。「一つ。ルシェムとベルナ、その周辺三町での石鹸と薬草薬の普及拡大。二つ。王宮に提出するための『数字と報告』の仕組みづくり。三つ。クロヴェルの妨害への備え」「それぞれ、細かく分解する」 エリナが引き継いだ。「一つ目は、単純に量を増やすだけじゃ足りない。使い方の教育、配布ルートの整備、価格の調整、在庫管理……」「二つ目は、今までの帳簿を『王宮向けの言葉』に翻訳する作業ね」 フィオナが言う。「単なる売上表じゃなく、『どれだけ人が助かったか』を数字で見せられる形にしないと」「三つ目が、一番読みにくい」 エリナは少し眉をひそめた。 「クロヴェルがいつ、どの程度まで動いてくるか、見通しが立ちにくいから」

  • 灰の令嬢は、知恵で世界を塗り替える   15話 玉座の前で、七歳は何を語る

     玉座の間は、思っていたより静かだった。 もっと人がいて、ざわめきがあって、豪華絢爛な音楽が流れているのかと思っていた。だが現実は違った。高い天井に反響するのは、歩く音と衣擦れの気配だけ。 赤い絨毯が、まっすぐ玉座へと伸びている。 左右には、重厚な柱が等間隔に並び、その間に王家と歴代の英雄たちのタペストリーが掛けられている。光は高窓から差し込み、床の大理石をほのかに照らしていた。 そして、その最奥。 ひとつだけ高く据えられた椅子。 国王の椅子。 そこに座る人物を、エリナは見た。 ヴァルデリア国王——ラオネル・ヴァルデリア三世。 四十代半ばほどだろうか。鋭さよりも、どこか疲れを帯びた穏やかな目をしている。だが、穏やかさが弱さでないことは、向き合った瞬間にわかった。 人をよく見ている目だ。 玉座の右側には、王宮魔法師団の長と思しき老人が立ち、左側には数人の高官たちが控えている。その中に、見慣れた紋章をつけた男の姿があった。 クロヴェル侯爵。 エリナは、その視線を一瞬だけ感じた。冷たい、というより無色の目。対象を評価し、分類し、その上で切り捨てる目。 見ている。 でも、今はそちらを見返さない。 エリナは絨毯の上を歩いた。両脇をフィオナとレインが固め、少し後ろにゴードンが続く。途中でアルバが横に退き、一行を見守る位置に移動した。 決められた位置まで進み、エリナは跪いた。「アッシュフォード商会、実務責任者——エリナ・アッシュフォードにございます。陛下のお召しにより、参上いたしました」 声は震えなかった。 震えさせないように、喉と舌の動きを意識した。 沈黙が、一拍。 そして、国王の声が降ってきた。「顔を上げなさい、エリナ・アッシュフォード」 落ち着いた、低い声だった。 エリナはゆっくりと顔を上げた。 国王ラオネルの目が、真っ直ぐこちらを見ていた

더보기
좋은 소설을 무료로 찾아 읽어보세요
GoodNovel 앱에서 수많은 인기 소설을 무료로 즐기세요! 마음에 드는 작품을 다운로드하고, 언제 어디서나 편하게 읽을 수 있습니다
앱에서 작품을 무료로 읽어보세요
앱에서 읽으려면 QR 코드를 스캔하세요.
DMCA.com Protection Status